もう夏は終わりかけているけれど、やっぱり夏に見たほうがいいかなと思う映画。そういえば公開初日に、割と無計画にフラっと見に行ったのだった。
以下メモ的に。
・まず驚いたのは絵。色使い。寒色と暖色の組み合わせ方なんか、「狙った」感じがプンプンするのに、それでもとても綺麗に思えた。絵のことはよくわからないんだけど、とにかく印象値で◎。そして走る、動く。水の動き、質感。ポニョの泳ぎ。画面いっぱいに動きまくって、各シーン「一枚絵」のように見れた。それがすごくいい。だから枠いっぱいの動きは是非映画館で。
・海のイメージ。舞台が海だから、もちろん海をどのようなイメージで表現するかは重要なポイント・・・だということに、見てから気づいた。水のイメージがとてもよかったこともあるけど、海のイメージもとてもよい。日本にある海。遠くのどこかの海ではなくて、僕たちが知っているはずの、懐かしい海。その海のイメージが、本当によくできていて、港町や波や船、ノスタルジー。大人が、あくまで大人がそのイメージを消費する。
・その点子どもは楽しめないのかも。僕たちはそのようなイメージを消費できるけど、子どもにはその感覚があるだろうか。ポニョがただ泳いでいるのを見るより、自分たちが泳ぎたいし、海に近づきたいだろうし。ファンタジックなものはあんまりない世界だったから。トトロとは、大きく違う。
・物語は、特になかったと思う。ひたすらイメージの世界であったと。だから「ポニョ、宗助、好き」というセリフなんかなくてもよかったのでは、と思う。もはやポニョは女の子でなくても・・・過剰に意味をなす(なしてしまう)ものとは完全に切断してしまっでもよかったのでは。宗助が物語に能動的に接触していかない以上、物語≒意味の世界ではないわけだし。ならばいっそ徹底的に、と。
・海=母のイメージはま、いいんじゃないかとおもうけど、それならフジモリ(だっけ?)が背負わされた悪人のイメージがかわいそう過ぎる。
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そんなこんなでいい映画だと思う。映画館に見に行って本当によかった。
イメージの良さを追求してこれまでのジブリ的意味を捨てたわけだけど、「意味の喪失」が最近楽しい。「意味」そのものが、「意味」というある種の(一元的な)価値形態で、それはもう消費されつくしたというか、飽きられたというか。ゆっくりと意味の融解を味わいたい。
2008年8月17日日曜日
崖の上のポニョ
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